グラフィックやWebのデザインを担当している河合と申します。20年以上デザインをやっていますが、時代と共にデザインも変化していくのでいまだ日々発見の連続です。デザインの楽しさや苦労などといったものを発信していければと思います。
はじめに
グラフィックデザインやWebデザインは「素敵」である以前に「情報伝達」という任務を負っています(食は「美味しい」「映える」以前に「栄養がある」「安全である」という生命活動が任務)。情報伝達は優先順位決めの繰り返しです。「かっこいい」「かわいい」などの表現にどうしても目が行きがちですが、今回はデザイナーが苦労しているわりにはあまり評価されない「情報整理」に焦点を当てて紹介したいと思います。
情報整理<下準備編>:「伝えたい量と伝わる量は違う」
デザインは大きく分けて「依頼する人」と「作る人」がいます。
例えば作るものが商品の広告だとして、依頼する人は「これもそれも、こんなところも、あんなところもこの商品はすごいので全部アピールして欲しい!」となりがちです。商品への愛ゆえに伝えたいことがたくさんあることは大切なことです。
ですが、デザインをする側になると「伝えたい量」と「伝わる量」は違うことを考えなければなりません。情報が多いと情報同士がケンカしたり、焦点がぼやけます。結果、要素が多すぎてごちゃごちゃし、見る気を失わせてしまい、何も伝わらないということになります。デザイナーが要素を減らすのは、決して愛がないからではありません。(どうか伝わって…)
スティーブ・ジョブズもミニマルな思考になれない時もあった!?
情報を入れたいだけ全部入れてしまうとどうなるかを端的に表したスティーブ・ジョブズの有名な話があります。
アップルが「iMac」の売り出し方を考えていた頃の話です。ジョブズが広告会社のクリエイティブディレクターに「30秒間のCMのなかに5つのメッセージを盛り込む」ことを依頼しました。その要求を聞いたクリエイティブディレクターが紙を丸めて1つのボールを作りました。
「スティーブ、これを投げるからキャッチしてくれ」投げられたボールをジョブズは難なくキャッチしました。クリエイティブディレクターが言います。「これが良い広告だよ」
「また投げるからキャッチしてくれ」と今度は丸めた紙の玉を5つ作り、5つともいっぺんにジョブズのほうへ投げます。ジョブズは1つもキャッチすることができず、玉はすべて落ちてしまいました。その様子を見ながらクリエイティブディレクターはジョブズにこう言いました。「これが悪い広告だよ」
30秒間という短い時間のCMのなかに5つのメッセージを盛り込んでも、視聴者はひとつもキャッチできない。伝えたいことの取捨選択と、的を絞った強調が大切であることの良い例として今でもよく紹介されるエピソードです。
目が忙しい現代人には情報整理が必須!
広告は「0.2秒のコミュニケーション」と言われていますが、これは広告だけに限った話ではなくなっています。スマホ時代の今は見るものが多くてとにかく忙しいと言われます。LINE、YouTube、Instagram、TikTok、X…一つのところに止まる時間がどんどん減っているといいます。記事でも見出しだけ読んで、細かい文章は読み飛ばすなども当たり前です。見る時間、読む時間が減っている以上、簡易に伝えられる情報整理はデザイナーの下準備としてますます重要です。
依頼の原稿をデザインでなんとか全て入れるのが愛なのではなく、デザイン前に情報量を精査し「見る人に伝わる情報量に整える」のがデザイナーの愛であり技術です。
情報整理<デザイン編>:「大きくしてください」という依頼は、大きくすることが本質ではない
載せるべき情報もデザインする中で「主役」と「脇役」に分かれます。的を絞った強調をするにはデザインにコツが必要です。ここからはデザインの中でよくある「目立たせ方」の方法をいくつか紹介したいと思います。
サイズや太字で変化を出し、立たせる
一番オーソドックスなやり方はこれではないでしょうか。デザイン修正でよく依頼される「大きくしてください」。このデザイナーへの指示は「サイズを大きくしたい」が本質ではなく、「もっと目立たせたい」が依頼の本質であると考えています。
このようにそのままサイズを大きくすることや太字にすることでももちろん解決しますが、さらに『目立たせる方法』は他にももっとあることを検証します。
色の変化で立たせる
これも一般的なやり方だと思います。大きくしなくても他と差をつけることで目立たせることができます。目立たせるということはいかに他の要素と差を出せるかということだと思います。
形の変化で立たせる
英語ではメジャーな方法ですが、文章の中に斜体(イタリック)を使用することで他と差別化をはかり、目立たせる方法があります。その他にもキャッチのフォントを変更するなど、周囲と形を変えることで立たせるのも1つの方法です。
空間や並びの変化で立たせる
情報が雑多に配置されている中に空間が広がっているとかなり目を惹きます。文字の大きさが同じだとしても周りに空間があるだけで情報同士に境目が生まれ、目立たせることができます。また、一定のリズムの文章の組みをわざと崩すことで目立たせる方法もあります。
これら以外にも「カギカッコで括る」や、「下線を引く」などシンプルな方法もありますし、Webや動画では動きを使った「動」と「静」で目立たせることもできます。情報伝達のためのデザインスキルはこれら基本の組み合わせや応用であり、詰まるところ「情報同士の関係にどう差を作り出せるか」ということなのかなと思います。
キャッチを立たせるために「大きさ」「空間」「並び」の基本スキルを適用しました。さらに本文と差をつけるべくフォントに変化をつけ、立たせるべきものが一層目立つように仕上げました。
環境との関係性はどうか
情報整理の基本的な技術の話をしましたが、さらに先の話をすると「そのデザインはどういう場に置かれるか」、「どういう人がそれを見るのか」という検証になり、改めてその目立たせ方で良かったのかという話になってきます。バナーのデザインが以下のものだったとします。赤を効かせたデザインですが、そのデザインが配置される媒体のデザインも赤が多かったらどうなるでしょうか。
バナー単体としては目立っていますが、置かれる周辺環境が同じような色だったとすると、せっかくのデザインの効果も半減します。(そのブランドのトーンによっては控えめに訴求するなどの戦略もありますが…)
「情報として目立たせたい」ならば、配置される環境の中で目立つ色の方がよいはずです。これもやはり周辺との関係性です。
さらに先の話をすると、セールという情報で構成したデザインでしたが、その媒体を見る人は既存のユーザーばかりで「ニュースの方が早く知りたい」という人ばかりだったとしたらどうでしょうか?これも見る人との関係性になってきます。UI・UXも情報整理と直結しています。
デザインは文字組みなどのミクロな視点から、掲載場所やそれを見る人などのマクロの視点まで、さまざまな環境で「関係性」を検証する必要があります。
さいごに
「伝えたいことを減らす」のも、「目立たせ方を工夫する」のも、「誰に」「どこで」伝えるかも、すべては周辺との関係性にかかっています。その中でどう差を作って伝えていくか。デザインとは、優先順位決めと関係性を形づくる技術でもあると思います。
表現という煌びやかな背景にある地味なデザイナーの苦労を紹介しましたが、他にもデザイナーの細かすぎて伝わらない技術やおもしろい技術があるので、また発信できればと思っています!読んでいただきありがとうございました。