GMOインターネットグループ デベロッパーエキスパートの市川(@Yoshihiko_ICKW)です。
2023年10月14日(土) 第31回 人工知能学会 金融情報学研究会(SIG-FIN)@東京大学に参加してきました。目的は、ファイナンス分野への人工知能技術の応用研究の調査のためです。ChatGPTのファイナンスへの応用の話も多かったです。よろしければご覧ください。
(文章の作成に当たっては、一部Chat-GPTを利用しました)
目次
イベント概要
人工知能学会 金融情報学研究会(SIG-FIN)は人工知能学会の第二種研究会です。
詳細は上記リンクに譲るのですが、近年より広い方々の金融市場への関心が高まっています。このような背景で、ファイナンス分野への人工知能技術の応用を促進するための研究会になります。人工知能分野の研究者や金融市場の現場の技術者が参加する、大変ユニークな研究会になっています。
最近、かなり発表量が増加傾向にあり、聴いているだけでも忙しい研究会です。
概要は以下の通りです。
- 日時:2023年10月14日(土) 9:00-18:00 開催形式:会場およびオンライン(Zoom使用)のハイブリッド開催
- 会場: 東京大学本郷キャンパス 工学部3号館2階31号講義室
発表の概要
こちらの研究会はありがたいことにJ-Stageで各発表のpdfが公開されています。(一覧はこちらhttps://sigfin.org/?031)。以下、著者の敬称略とさせて頂きます。
人工市場/株式市場 (6件)
(01) フィジカルインターネット時代に向けた持続可能なP2P運賃取引とマルチエージェントシミュレーション方法の提案
小池 和弘 (アスクル株式会社) , 牟田 篤兄 (アスクル株式会社) , 田中 祐史 (アスクル株式会社), 田中 謙司 (東京大学)
日本の運輸業界には「2024年問題」があり、フィジカルインターネット=『相互に結び付いた物流ネットワークを基盤とするグローバルなロジスティクスシステムである.』に移行していかなければならないが、現状の商習慣上ではなかなか効率化が進んでいない状態です。
パリ国立高等鉱業学校のフィジカルインターネット研究所が開発した貨物輸送ゲームをベースに、シミュレーション実験を行った、という研究になります。
(02) 成行注文の長期記憶性の起源についての理論的考察:一般化Lillo-Mike-Farmerモデルの厳密解
金澤 輝代士 (京都大学理学研究科), 佐藤 優輝 (京都大学理学研究科)
成行注文の長期記憶性=「買いの成行注文を+1、売りの成り行き注文を-1で符号化すると、売買の符号時系列には弱い予測可能性があり、同じ種類の符号が長期に渡って少し観測されやすい。」という現象に対して、Lillo, Mike, Farmer (LMF) は理論的回答を提案しました。この研究はトレーダーの取引戦略の多様性を取り入れ、厳密解を得、理論的背景を明らかにしました。
(03) 人工市場シミュレーションによる値幅制限とサーキットブレイカーの効果比較
水田 孝信 (スパークス・アセット・マネジメント株式会社) , 八木 勲 (工学院大学情報学部)
取引所では、価格の急変動を抑えるため値幅制限やサーキットブレイカーを導入しているが、取引所によってどちらを採用しているかが異なる。まったく同じ変動が複数の取引所で起きることはないため、制度の違いか、そもそもの急変動の大きさが違うのか区別できない課題があります。
これらに対して、人工市場(金融市場のエージェントベースドモデル)でシミュレーションをすることで、影響を切り分けることができる。という研究です。
(04) 執行アルゴリズムがオーダーブックインバランスを考慮したときのパフォーマンスはどのように変化するか?
遠藤 修斗 (工学院大学 大学院 工学研究科 システムデザイン専攻) , 水田 孝信 (スパークス・アセット・マネジメント株式会社), 八木 勲 (工学院大学 情報学部 情報科学科)
最良気配値付近の売り注文数と買い注文数間の偏りはオーダーブックインバランス (OBI)と呼ばれています。この OBI とリターンの間には正の相関があります。ただ、実際の市場で実行しようとすると、外部要因などに影響され、実証研究には困難が付きまといます。それに対し、人工市場(マルチエージェントシミュレーションを用いて構築した金融市場)ではシミュレーションが可能になります。その研究になります。
(05) 合成コントロール法による市場構造の見直しの検証
丸山 博之 (拓殖大学・東京都立産業技術大学院大学)
東京証券取引所は、東証一部、二部、マザーズ、JASDAQ(スタンダード、グロース)といった市場から、プライム、スタンダード、グロースという 3 つの市場に再編を行いました。この構造変化に伴う株価の変動の検証を、合成コントロール法を用いて実施したものです。
(06) 小規模市場における売買成立方式が株式市場に与える影響 ー人工市場並びに株主コミュニティにおける実証研究ー
床枝 秀斗 (慶應義塾大学 経済学部) , 師岡 里名 (慶應義塾大学 経済学部), 増田 樹 (慶應義塾大学大学院 経済学研究科) , 星野 崇宏 (慶應義塾大学 経済学部, 特定国立研究開発法人 理化学研究所 AIPセンター)
株主コミュニティ制度(非上場企業の株式に対して、日本証券業協会から承認を受けた証券会社が非上場株式の銘柄ごとに株主コミュニティを組成し、これに参加する投資者に対してのみ投資勧誘を認める仕組み)が拡がってきているが、売買成立方式の影響について十分な研究はあまりないそうです。ザラバ方式・板寄せ方式・ハイブリッド方式の3つを人工市場で検討した、という研究になります。
テキストマイニング1 (5件)
(07) T5を用いた決算短信の生成型要約
仲 泰成 (成蹊大学), 酒井 浩之 (成蹊大学), 永並 健吾 (成蹊大学)
Google の T5(Text-to-Text Transfer Transformer)を活用して要約モデルを作成。加えて重要文の抽出をBERTで行い、T5で要約文を作成する方法を試した、という研究になります(後者の方が正解率が高い)。
(08) ChatGPTを用いたニュース記事のESGトピック分析
小杉 樹来 (神戸大学大学院工学研究科), 小澤 誠一(数理・データサイエンスセンター), 廣瀬 勇秀 (三井住友DSアセットマネジメント株式会社), 池田 佳弘 (三井住友DSアセットマネジメント株式会社), 中川 憲保 (三井住友DSアセットマネジメント株式会社) , 飯塚 正昭 (三井住友DSアセットマネジメント株式会社) , 西田 大輔 (三井住友DSアセットマネジメント株式会社)
ESG関連のニュース記事は大量で、人間がすべて読んで判別するのは現実的ではありません。そこでニュース記事をChat-GPTに入力することで、ESGトピックを抽出することを試みています。また、抽象度が異なるいくつかのトピック抽出を試みた、という研究になっています。
(09) Risk Clustering of Japanese Banks Based on Profitability Indicators from EDINET Annual Securities Reports
Cheng Yuan (Chubu University) , Tohgoroh Matsui (Chubu University)
DBA k-meansを活用し、EDINETから取得した財務データを分析します。従来のクラスタリングアルゴリズムは時系列データへの適用が難しい一方、DBA k-meansは時系列データへの適用ができるようになっています。
EDINETからの財務時系列データをDBA k-means法でクラスタリングする、という研究になります。
(10) 大規模言語モデルを用いたサプライチェーンマップの自動生成
永並 健吾 (成蹊大学) , 酒井 浩之 (成蹊大学)
サプライチェーンマップ(様々な製品や素材が部品や原料の関係にあるかどうかを表すネットワーク 構造 (グラフ) のこと)を人力で作成するには非常にコストが高い状況です。ここではGPT-2(株式会社rinnaのJapanese-gpt2- medium)を用い、有価証券報告書から原料・部品関係を示す文でファインチューニングを行い、様々な製品の原料・部品関係を抽出、サプライチェーンマップを描いた、という研究になります。
(11) BERTおよびChatGPTを用いたサステイナビリティレポートからのSDGs関連文抽出
指田 昌樹 (明治安田生命保険相互会社), 和泉 潔 (東京大学大学院工学系研究科), 坂地 泰紀 (東京大学大学院工学系研究科)
サステナビリティレポート等の PDFから SDGs 関連の文を自動で抽出し、17 のゴールに分類を行なうモデルを構築。分類モデルは、事前学習済みのsentence-BERTモデルをファインチューニングして作成。一部の分類はサンプルが少ないため、Chat-GPTを用いて文章を生成し、学習データとして用いた、という研究です。
テキストマイニング2 (5件)
(12) ChatGPTを活用した運用報告書の市況コメントの自動生成
高野 海斗 (野村アセットマネジメント株式会社), 中川 慧 (野村アセットマネジメント株式会社) , 藤本 悠吾 (野村アセットマネジメント株式会社)
アセットマネジメント業界において、運用報告書と市況レポートの作成はとても重要であるが、ニュースも増えてきておりコストもかかっています。そこで、ChatGPTを活用し、市場とコメントの対象期間を入力するだけで、自動生成するツールを作成した、という研究になります。
(13) 決算説明会テキストデータに含まれる主観的表現の抽出とその使用傾向の分析
黒木 裕鷹 (Sansan株式会社), 中川 慧 (野村アセットマネジメント株式会社)
決算説明会にて話がされる情報が、どの程度業績や企業特性に影響するか調査は行われていません。今回、Chat-GPT(GPT-4)を用いて、決算説明会のテキストを「ファクト」と「オピニオン」に分類し、その性能を評価しています。また、分類されたテキストと企業特性や業績がどの程度関連するのかについても調査を行った、という研究になります。
(14) 企業における環境活動の改善案の自動生成
児玉 実優 (成蹊大学), 酒井 浩之 (成蹊大学), 永並 健吾 (成蹊大学), 高野 海斗 (野村アセットマネジメント株式会社), 中川 慧 (野村アセットマネジメント株式会社)
統合報告書から抽出された環境活動に関する文に対して、不足している記述を改善案として提案しています。経済産業省・環境省は、ESG 関連情報を1:上位方針の階層、2:実行の階層、3:PDCAの3 つの階層に応じて一貫したストーリーで説明することを求めている状況です。BERTで学習モデルを作成し、それにより分類、GPT-2で改善案を生成し提示するモデルを構築した研究になります。
(15) ChatGPTは公認会計士試験を突破できるか?: 短答式試験監査論への挑戦
増田 樹 (慶應義塾大学大学院 経済学研究科), 中川 慧 (野村アセットマネジメント株式会社) , 星野 崇宏 (慶應義塾大学 経済学部, 特定国立研究開発法人 理化学研究所 AIPセンター)
公認会計士試験(短答式)の監査論の問題をChat-GPTで回答させる試みを行いました(そのためのプロンプトも整備)。GPT-3.5は合格点を下回ったが、GPT-4は受験者平均を大きく上回り、合格点相当と判定できた、という研究です。
(16) BERTを用いたカーボンプライシング関連論文の分析
伊藤 央峻 (日興リサーチセンター株式会社)
インターネット上で収集したカーボンプライシング関連論文について、BERTにより5 分類もしくは2 分類にする分類器を作成しています。SHAP値によって判断根拠を明確にしたことや、BERTopic によるトピック分析を実施し、6つの主要なトピックに分類できることも確認した、という研究になります。
機械学習1 (5件)
(17) 単調回帰を用いた一般化トレンド・ファクター:暗号資産市場への応用
中川 慧 (野村アセットマネジメント株式会社), 南 賢太郎 (株式会社Preferred Networks)
一般化トレンド・ファクターという新しいモメンタム効果の計測方法を提案する研究です。モメンタム効果やリバーサル効果を広く含み、定常性を満たす一般化トレンド・シグナルから構成されています。実証分析として、複数の暗号資産に適用し、有効性を確認しています。
(18) ディープ・ヘッジとデルタヘッジの関連性と統計的裁定戦略の活用
堀川 弘晃 (ETH Zurich and University of Zürich), 中川 慧 (野村アセットマネジメント株式会社)
オプションのリスクヘッジは、デルタヘッジが用いられてきたが、近年深層学習を用いたディープ・ヘッジが提案されています。ここでは、デルタヘッジとディープ・ヘッジの関連性を調査しています。
ディープ・ヘッジは統計的裁定戦略により学習が阻害されることがわかっており、本研究ではこれを数学的に定義しています。加えて、ディープ・ヘッジの特性を考察し、統計的裁定の存在に対してロバストなリスク尺度の議論を行った。という研究です。
(19) Deep Smoothingを用いたBTCオプション市場における複数オプションのDeep Hedging
藤原 真幸 (京都大学経済学部経済経営学科), 中込 智樹 (東京大学経済学研究科), 加古 海星 (東京大学経済学研究科) , 堀川 弘晃 (ETH Zürich and University of Zürich), 中川 慧 (野村アセットマネジメント株式会社)
複数のオプションに対してディープ・ヘッジの有効性を検証した研究になります。インプライド・ボラティリティスマイルをDeep Smoothingによりスムージングし、学習効率の向上を行っています。対象はビットコインのオプションデータとなります。
(20) 機械学習によるバリュエーションマルチプルの要因分解
Enomoto Yoshiro (Axios Financial Technologies), Nakagawa Kei (Nomura Asset Management)
企業がコントロール可能な変数(ファンダメンタル変数)とコントロール不可能な変数(マクロ経済変数)を用いて、統計的回帰分析と機械学習モデルを使って複数の予測モデルを構築し、その予測精度を検証しています。さらに、機械学習モデルの解釈には、SHAPと線形回帰に基づく手法を使用しています。このアプローチにより、企業のマルチプルが内部要因(経営努力による改善可能)や外部要因(制御不可能)のどちらによって主に影響されるかを明らかにする研究です。
(21) 解釈性とローディングの密性を両立するリスクファクター抽出手法
野間 修平 (野村アセットマネジメント株式会社)
資産配分の文脈で、Factor Risk Budgeting戦略が注目されています。各資産の価格変動を共通因子(リスクファクター)を通じて説明し、資産配分を決定する戦略です。多くの場合、リスクファクターの抽出には主成分分析が使われますが、これらのファクターをマクロ経済的な概念に紐づけて解釈するのが難しいです。この問題を解決するために、ファクターローディングに正則化を施すアプローチが提案されていますが、これにも実務上の問題が伴います。本研究では、ローディングが密で解釈も容易なリスクファクターを抽出する新しい手法を提案し、マルチアセット市場データを用いてその有効性を確認します。この方法では、分析対象の資産が属する資産クラスに関する情報を追加的に入力することで、マクロ経済的な事象と関連付けやすいリスクファクターを抽出できます。
機械学習2/オルタナデータ (5件)
(22) トンプソン・サンプリングを用いたマルチアセットファンドの動的資産配分
石原 龍太 (株式会社かんぽ生命保険)
藤島・中川[2021]のトンプソン・サンプリング(多腕バンディット問題の解法に用いられる代表的なアルゴリズムの 1 つ)を用いた複数のポートフォリオを動的に合成する方法を適用し、マルチアセットファンドの動的資産配分を体系的に行う方法を提案しています。米国財務省債券と米国株式に投資するマルチアセットファンドのための動的資産配分モデル(TAA)を構築し、2003年1月から2022年12月までの市場データを使用してバックテストを行いました。その結果、提案された方法が該当期間中にマルチアセットファンドの収益性とリスク・リターン効率を改善したことが確認されました。
(23) 強化学習によるアセットアロケーションの動的最適化ー非定常性と投資制約の因果推論ー
澤木 智史 (みずほ銀行), 仲山 泰弘 (みずほリサーチ&テクノロジーズ)
強化学習を用いた動的アセットアロケーションの最適化について分析になります。金融時系列データの非定常性に対処するために、時間軸や局面変化の変数を導入することで, 予測精度の向上が示唆されました。また、投資戦略策定における諸条件(制約条件)を強化学習に組み込むとどのような影響が出るかも調査した研究になります。
(24) 決定木を用いたM&A候補先企業の推薦
岡島 右馬 (東京工業大学 工学院), 許 子微 (産業技術総合研究所 人工知能研究センター), 市瀬 龍太郎 (東京工業大学 工学院)
現時点での機械学習によるM&A候補先選定は、あくまでスクリーニングに留まることが多いです。上場日本企業間の実際のM&A取引事例を参照し、適切な組み合わせを予測することを試みました。有価証券報告書の財務および非財務データを使用して、M&A取引を分類し、成功事例を決定木を使用して正確に特定できるかを検証しました。その結果、ある程度の分類精度が得られ、M&A推薦実践への応用可能性が示唆されました。
(25) 天候情報を活用した大型小売店舗の来客数予測
田中 博生 (株式会社ジーニアス), 野村 忠慶 (株式会社ジーニアス), 西山 昇 (株式会社ジーニアス)
ある郊外の大型小売店舗への来客数の予測は、現場責任者が2, 3日後の来客数を予想しています。ここでは、気候ファクター、イベントファクター(安売り日など)、季節性ファクター(曜日など)を用いて予測モデル構築を行った、という研究になります。
(26) 日本企業の取締役兼任ネットワークにおけるリスク指標の同類性の検証
森田 啓介 (野村アセットマネジメント), 黒木 裕鷹 (Sansan株式会社)
一人の個人が複数企業の取締役および社外取締役を兼任するケースがあり、その人を介して知見やノウハウが共有・伝播されるとすれば、接続の同類性やクラスター構造をはじめ,より複雑なネットワーク構造を捉えた分析が重要になります。
日本の取締役兼任ネットワークの最新の動向を調査し、そのガバナンスとの関連を分析するために、条件付き一様グラフ検定と指数ランダムグラフモデル(ERGM)を用いています。研究の結果、ベータや残差リスクなどの指標が同類性(互いに似た特性を持つこと)を示していることが明らかになりました。これは、取締役の兼任により企業間で知見が共有されている可能性を示唆しています。
所感
ご覧いただいた通り、Chat-GPTに関する研究が多くありました。もともと、自然言語処理の研究は多かったのですが、さらに増えてきた印象です。
私も時代に遅れないよう、頑張ってついていきたいと思います。 お読みいただきまして、ありがとうございました!
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