2026年4月 の記事一覧
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【後編】エージェンティックAIの「アウトプット品質安定化」を実現 GMOインターネットが実践する「ハーネスエンジニアリング」とは?ーEngineering Journey
プロンプトの巧拙ではなく、「仕組み」の力でAIの出力品質を安定化させるハーネスエンジニアリング。後編では、ハーネスをプログラミング言語のフレームワークに例えた設計思想や、ハーネスエンジニアリングを推進する原動力などに踏み込みます。組織への浸透に欠かせない企業文化やコスト面の課題、これからハーネスエンジニアリングに取り組む企業へのアドバイスについても語っていただきました。概要や導入の経緯、成果の全体像を紹介した前編もぜひご一読ください。 自動化で品質向上&業務効率化を図り、より本質的な問題に取り組める環境を整える ◇リーダー谷中 佑貴人(やなか ゆきと)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 アーキテクチャー統括 アプリケーション共通チーム (グループ広報部 技術広報チーム兼務)役職:マネージャー◇メンバー井上 弘規(いのうえ ひろき)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ドメイン・クラウド開発部 お名前フロントエンドチーム瀧谷 悠(たきたに ゆう)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ドメイン・クラウド開発部 ConoHaバックエンドチーム役職:リーダー井上 優也(いのうえ ゆうや)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ネットワークソリューション開発部 NSフロントエンドチーム藤嶋 智晃 (ふじしま ともあき)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 アーキテクチャー統括 アプリケーション共通チーム役職:リーダー舟木 博和(ふなき ひろかず)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 アーキテクチャー統括 アプリケーション共通チーム役職:リーダー平野 空暉(ひらの そらき)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ConoHa開発部 ConoHaバックエンドチーム(ドメイン・クラウド事業本部プロダクトマネジメントチーム兼務)大山 仁(おおやま ひとし)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ビジネスサポートプロダクトチーム ———現在各社が提供する生成AIはモデルごとに得意・不得意があると思いますが、ハーネスの設計を変えることで、同モデル内でも出力やパフォーマンスに差は出るのでしょうか。 平野私は、同じモデルでもハーネスの設計次第で、出力や実運用上のパフォーマンスにかなり差が出ると考えています。ハーネスは「何を重視するか」によって、与える文脈や守らせるルール、チェックの仕方といったプロダクトごとの思想や優先順位が変わります。プログラミング言語やフレームワークごとの設計思想があり、その違いが開発体験や実装方針に表れるのと近い部分ですね。実際にやりたいことをすべてプロンプトだけで表現しようとすると、どうしても指示が長く複雑になります。そうなると、条件の優先順位が曖昧になったり、一部の条件が取りこぼされたりしやすくなるんです。私が今敷いているハーネスでも、多い場合は100個以上の項目を設けることがあります。これをすべてプロンプトに書き込むのは現実的ではありません。AIの返すアウトプットを人間が期待する出力に寄せやすくしたり、品質のばらつきを抑えやすくするためには、見落としてほしくない点をモデルの判断だけに委ねるのではなく、ハーネス側で機械的にチェックできる形にしておくことが重要です。これは、UIのフォームバリデーションに少し似ている部分もあります。人は注意事項を一覧で示されても見落とすことがありますが、入力時に警告が出たり、誤りがあれば送信できなかったりといった仕組みになっていれば、見落としやミスは起こりにくくなりますよね。ハーネスは、そうしたガイドや制御をAI向けに設計するものだととらえています。 ———ハーネスエンジニアリングを推進する原動力になっているものは何ですか。 瀧谷身も蓋もない言い方をすると「楽をしたい」ということだと思っています。そのためにもっと解きたい課題、解決したい難しいテーマがあるからこそ、AIに任せられる部分はどんどん任せてそちらに時間を割きたい。そういう感覚ですね。またハーネスエンジニアリングやAIエージェントが台頭してくる前は、「ソースコードを書く」ことに大きく時間を割いていましたが、今では1~2分待てばある程度動くものが出来上がってきます。こうした環境下でハーネスエンジニアリングを実践することで、コードの品質を担保できるようになったと感じますね。これまでは時間的な余裕がなく1回しか試せなかったものが、ハーネスエンジニアリング実践後は何度も試せるようになりました。ABテストのように複数案をそれぞれ試してみて、一番良かったものを選べるようになったのは大きいです。実行できるものの選択肢が増えたと実感しています。 左:瀧谷 悠(たきたに ゆう)、右:平野 空暉(ひらの そらき) 井上(優)私は「好奇心」と「危機感」じゃないかなと。好奇心については、新しい技術や変化を楽しめるマインドがハーネスエンジニアリングを推し進めていくのに必要だと感じます。まずはアンバサダーである我々が先導していく上で、ハーネスエンジニアリングという変化を楽しむことが大切なのかなと思いますね。また危機感については、最先端で戦っているエンジニアや企業ではすでに我々と同じように動き、組織への導入に動いているという点を意識すべきだと考えています。変化の激しいAI時代の中で我々もスピード感を持ち、キャッチアップや検証・導入に動いていかなければならないという意識を強く持つことが、推進への原動力になっていますね。 谷中エンジニアの3大美徳の1つに「怠惰」がありますが、僕らはその怠惰を実現するための努力は厭わない、という精神でやっている部分もありますね。我々がハーネスエンジニアリングを実践して成果を出し、「うちでもやってみよう」と思う企業が増えれば、「楽になる」エンジニアが増えるかもしれません。楽になったことで難しい問題や本質的な課題に取り組む時間が増えれば、今あるものよりもっと良いものが生まれるはずです。我々の取り組みでセキュリティやIT業界、ひいては日本社会全体にいい影響を与えたいなと思っています。 「AIで開発を完結させられる未来」を目指して ———開発生産性5倍という目標に向けて、チームとして今もっとも注力しているのはどの部分でしょうか。 谷中現状では先行プロジェクトで環境を整備している段階なので、今はハーネスを実際に使いながら質を上げていくところが最大の注力ポイントですね。最終的なゴールの1つとして、コードやレビューの「手書き」を0にする状態を実現したいというものがあります。ゆくゆくはAIの中だけで開発が完結できる世界を目指して、その質を上げるための仕組みや環境を整備することが、チームの共通目標です。もちろん、現状においてはハーネスそのもののレビューを人が担わなければなりません。ただ、僕らがレビューをするたびにハーネスがその内容を自己吸収し、再発防止のナレッジとして蓄積していくというループが動き出せば、だんだんレビューの頻度や介入率は減っていくはずです。それが限りなく0に近づいていくことが、すなわち質が上がっている状態だと考えていますね。 井上(優)具体的な取り組みとしては、現在メインで利用しているClaudeCodeの基礎的な使い方のほかに、SkillsやSubAgents、LinterやCIなどハーネスエンジニアリングにつながる基礎の部分の説明・共有会をチーム内で行っています。ボトムアップでイメージを持ってもらえるよう頑張っているところですね。 左:井上 優也(いのうえ ゆうや)、右:井上 弘規(いのうえ ひろき) 瀧谷補足すると、ハーネスは先ほど話した通り「思想」に当たる部分になるので、そこに絶対的な正解はありません。どうあるべきかという方向性については、ある程度人間が関わりながら定めていく必要があります。一方で、ハーネスで縛った内容自体に対しては、そのソースコードが現在適用されているルールに違反しているかをYes・Noで機械的に判定できます。そこに対するレビューは将来的に人間がやらなくてよくなる、というのは受け入れやすい話でしょうね。 ———ハーネスエンジニアリングを実践するために必要なものは何でしょうか。技術面だけでなく、組織体制や企業文化といった観点も含めて伺いたいです。 瀧谷社内制度や企業風土の面で言うと、上層部が「AIを使おう」というマインドになっていないと、取り組みはなかなか広まりません。とくにハーネスエンジニアリングはAIを大量に使用する取り組みなので、かかるコストも大きくなります。現場のエンジニアが実践したいと思っても、コスト確保の段階で止まってしまっては浸透していかないんです。ありがたいことにGMOインターネットグループはグループ全体でAI活用が推進されていて、我々も良いプランを使わせてもらえる環境です。それだけに、トップダウンで「AIを使おう」という空気感があるかどうかは非常に大きいと感じます。 谷中制度面で言うと、GMOインターネットグループには「AIブースト支援金」という仕組みがあります。パートナー(社員)が手を挙げれば、会社として認めているAIツールなら課金制のものでも自由に申請できる制度です。ここをうまく活用しながらコストを工面して、現場が使いたいツールを使える環境を作れているのは大きいと思っています。組織的な話をすると、GMOインターネットのシステム本部は100名規模の組織なので、今ここに集まっているコアメンバーで確立した新しいプロセスやナレッジを横展開しようとすると、相当な時間や労力がかかってしまいます。そこで効いているのが、我々AIアンバサダーの構成です。社内の各チームから1人ずつ人員を出してもらっているため、それぞれが展開先のチーム内に「自分ごと」として動くキーマンとして活動してもらっています。このキーマンがいるかどうかで、展開の速度も質もかなり変わってきますね。 舟木もっとシンプルな話をすると、先ほど井上さんからも言ってもらいましたが、AIの変化そのものに興味を持って楽しめる人が必要だと思っています。AIの技術的進歩や変化のスピードは本当に激しいので、キャッチアップだけでも大きな負荷になります。興味がないと追いかけるだけで疲れてしまうでしょう。ただ、設計が終わってから手でコードを書いていた時間がAIでぐっと圧縮されて、多少バグがあってもとりあえず動くものが素早く出てくるという「体験」の喜びはやはり大きいですね。とはいえ、技術選定やテーブル設計などリリース後の変更コストが高い部分や、ハーネス自体の設計・構築は、やはり人の目で確認したり手を動かしたりする必要があります。人の手を介さず開発を進めること自体は可能になりつつありますが、こうした重要な意思決定やルールの策定から人が完全に排除されることは難しいと考えています。良いものが出来上がった喜びや、自分の創造的な部分を発揮できる楽しさといったメリットに目を向けて取り組むことが大事かなと感じますね。 大山私の場合は、以前は面倒で諦めていたKubernetesのクラスターを、AIに半分ほど環境を作らせて動かしています。時間があるときにやっている試みではありますが、できることや「動く手」が増えたというのが、個人的にはとても楽しいですね。AIを使うことで、これまで面倒で手を付けられなかった技術的な挑戦ができるようになったという感覚が強くあります。こうしたポジティブな姿勢で向き合える人ほど、ハーネスエンジニアリングのような新しい取り組みにも前向きに入っていけるのではないでしょうか。 大山 仁(おおやま ひとし) 成功体験を重ね、「楽しみながら」ハーネスエンジニアリングを推進 ———今後の展望について聞かせてください。 谷中まず先行プロジェクトで、ハーネスを「成功体験」と呼べるところまで持っていくことが第1の目標です。それが得られたら、部内への横展開を加速させていくという青写真を描いていますね。さらに大きなところで言えば、GMOインターネットグループ全体や、業界全体に向けてもハーネスエンジニアリングの取り組みを発信していけたらと考えています。実際に平野さんが技術ブログを書いてくれていますが、「GMOがやっているなら自分たちもやってみよう」と思ってもらえるくらい、新しい技術を率先して使って業界に広げていくことで、業界全体におけるAI活用レベルの底上げに寄与していきたいです。 ———最後に、これからハーネスエンジニアリングに取り組もうとしている企業に向けて、アドバイスがあればお願いします。 谷中僕からは2つあります。1つは「完璧な環境を整えてから始めようとしない」こと。小さなリポジトリやルールを1つ決めるだけでも十分スタートになります。冒頭でも話した通り、ハーネスは最初の小さな投資の積み重ねが次第に大きくなる「複利」で効いていくものです。最初から完璧を求めずに、まず手を付けてみることが大事です。もう1つは「推進する人を孤立させない」ことです。ハーネスの取り組みはどうしても部署等の組織を横断するものになるので、「各チームにキーマンを巻き込んで仲間を増やしながら進めて、最終的に組織全体への定着を狙っていく」という流れはとくに意識してほしい点ですね。 大山私からは、技術負債の大きい既存プロジェクトを抱えている方に向けて「作り直した方が結果的に幸せになれるケースもある」と伝えたいですね。良いものを作るためには、時に作り直す勇気を持つことも必要です。 左:谷中 佑貴人(やなか ゆきと)、右:大山 仁(おおやま ひとし) 平野私の観点だと、これまでの常識を疑う姿勢が必要になる場面がちらほらあります。たとえばフォーマッターは人間が読みやすくするためのツールですが、AIにとっては必要のないツールかもしれないという意見も出てきています。私自身はフォーマッター廃止には反対派ですが、「これって本当に必要なんだっけ?」と問い直して、本当に不要なのであれば、これまでの常識であっても取り払うという柔軟性は意識した方がいいと感じます。 舟木AIの可能性を信じる姿勢も重要です。半年前には「これはできないだろう」と思われていたことが、今は普通にできるようになっているケースが本当に増えましたね。進化を信じて、積極的に触ってみる姿勢は非常に大事だと思います。他社でうまくいっている事例も豊富に出回っているので、主体的に情報を取りに行きつつ、自分たちの手でも試していくことが、結果的に最短ルートになると感じています。 舟木 博和(ふなき ひろかず) 谷中「後輩からの質問が減った」「口伝で引き継がれていたノウハウを明文化する方向に動いている」という話もありましたが、組織課題としてよく挙がる属人化もAIやハーネスで解消できると思っています。これまで人から人に伝承されていた部分は、今や人からAIへとつながるようになりました。AIは複数の人から共通して参照される存在なので、ナレッジの蓄積や活用という点で、組織として非常に大きな効果が出ていると感じています。AIでこうしたナレッジにアクセスできるようになることで、新卒・中途問わずGMOインターネットに入社した方の最初のフォローアップはもちろん、早く戦力として現場に入れる状況整備にもつながってきています。ハーネスが整備された状態でこれから入ってくる人は、これまでと比べて立ち上がりの戦力度合いがかなり変わってくるでしょう。マインドの話をすると、エンジニアの役割が徐々に変わってきている時代ですが、この変化に対して前向きに楽しんで推進していく姿勢は重要だと感じています。変化を受け入れにくい人に対して、新しい技術に楽しく触れられる人たちが中心となって働きかけつつ進めていくと、結果的に良いナレッジが生まれていく。こうしたエンジニアが生み出す組織の変化を、今まさに肌身で感じているところです。 まとめ AIの出力品質を「仕組み」で安定化させるだけでなく、エンジニアがより本質的な課題に集中できる環境を生み出すハーネスエンジニアリング。前編で示された「複利の効果」は、単なる業務効率化にとどまらず、属人化の解消や新入社員の早期戦力化といった組織課題の解決にも現れます。 また「変化を前向きに楽しむ人たちが中心となって働きかけることで、良いナレッジが組織全体に広がっていく」というアドバイスは、ハーネスエンジニアリングを推進してさまざまな課題を解決したい企業やエンジニアへの大きなヒントになるはずです。 GMOインターネットグループでは、これからもハーネスエンジニアリングをはじめとする最先端の手法や概念の効果検証を進め、日本のIT産業の発展に貢献してまいります! ハーネスエンジニアリングの概要や成果の数字、エンジニアの視座の変化を紹介した前編もぜひご一読ください。 前編はこちらから ハーネスエンジニアリングに関する関連記事はこちらから
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【前編】エージェンティックAIの「アウトプット品質安定化」を実現 GMOインターネットが実践する「ハーネスエンジニアリング」とは?ーEngineering Journey
ChatGPTの登場以降、開発現場では生成AIの活用が急速に広がり、GitHub CopilotやClaude Codeといったエージェント型ツールの導入も進んでいます。こうした中、プロンプトエンジニアリング・コンテキストエンジニアリングに続く第三の潮流として、AIエージェントを取り巻く環境を整備することでアウトプットの品質を担保する「ハーネスエンジニアリング」に注目が集まっています。GMOインターネットでは、自社で展開するConoHa・お名前.com・とくとくBBの各プロジェクトに加え、アプリケーション共通で使用する機能の認証基盤にてハーネスエンジニアリングを試験的に導入し、検証を進めています。今回は、GMOインターネット内でハーネスエンジニアリングの検証・導入を進めるAIアンバサダー8名に話を伺いました。前編では、ハーネスエンジニアリングの概要や検証の中で見えてきた成果、仕事の変化などを紹介します。 AIの「手綱」を握り、アウトプットの質に再現性を持たせる ◇リーダー谷中 佑貴人(やなか ゆきと)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 アーキテクチャー統括 アプリケーション共通チーム (グループ広報部 技術広報チーム兼務)役職:マネージャー◇メンバー井上 弘規(いのうえ ひろき)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ドメイン・クラウド開発部 お名前フロントエンドチーム瀧谷 悠(たきたに ゆう)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ドメイン・クラウド開発部 ConoHaバックエンドチーム役職:リーダー井上 優也(いのうえ ゆうや)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ネットワークソリューション開発部 NSフロントエンドチーム藤嶋 智晃 (ふじしま ともあき)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 アーキテクチャー統括 アプリケーション共通チーム役職:リーダー舟木 博和(ふなき ひろかず)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 アーキテクチャー統括 アプリケーション共通チーム役職:リーダー平野 空暉(ひらの そらき)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ConoHa開発部 ConoHaバックエンドチーム(ドメイン・クラウド事業本部プロダクトマネジメントチーム兼務)大山 仁(おおやま ひとし)所属:GMOインターネット株式会社 システム本部 ビジネスサポートプロダクトチーム ——まず前提として、「ハーネスエンジニアリング」とはどのような概念なのでしょうか。 谷中一言で言うと、「仕組みでAIの出力品質を安定化させる」考え方です。ハーネスというのは馬につける手綱(馬具)のことですが、さまざまなルールや制約・自動検証などを組み合わせた構造を使って、AIエージェントを制御していこうという発想ですね。将来的には、AIによる自律的なシステム開発を実現したいと考えています。AIを使った開発の歴史を振り返ると、最初は良いプロンプトを書くことに注力するプロンプトエンジニアリングに始まり、次にAIに渡す文脈を設計するコンテキストエンジニアリングへと発展してきました。ハーネスエンジニアリングは、その次のステップにあたる概念だといえますね。従来の手法では、AIのアウトプットの質が「人間がどれだけうまく指示を書けたか」という個人のスキルに担保されていたため、品質の向上には一定の限界がありました。プロンプトは毎回書き直すため品質の再現性が担保されませんが、ハーネスは一度整備すれば同じ品質を何度でも再現・供給できます。一度整備すればその後の開発生産性が向上するという、「複利で効いていく仕組み」である点こそが、ハーネスエンジニアリングの本質です。これまではソースコードを我々の価値や資産として位置づけてきましたが、これからのエンジニアの価値や仕事の中身は「AIが動きやすい環境を整備する」ことへとシフトしていくでしょう。 ——ハーネスエンジニアリングの取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょうか。 谷中 佑貴人(やなか ゆきと) 谷中振り返ると、2023年の11月ごろにGitHub Copilotが使える環境を整備するところからAIエージェントへの取り組みを開始したことがそもそもの始まりでしたね。その後はさらにDevinからClaude Codeへとシフトしていったのですが、部分的な効率化を進めていく過程で「いくら試行錯誤しても、開発生産性はだいたい2倍あたりで頭打ちになる」という現実が見えてきたんです。これを5倍・10倍と伸ばしていくためには、AIエージェントに適した開発プロセスや開発の仕方そのものを変えなければならないと分かり、さまざまな手法を探っていくなかで解決策の1つとして出てきたのが、OpenAIの公式記事で言及されていたハーネスエンジニアリングでした。その時点ではまだ「ハーネスエンジニアリング」という言葉自体は使われていませんでしたが、意図を伝えればエージェントが自走して行動を完結するという、ハーネスエンジニアリングそのものの事例が紹介されていたんです。そこから着想を得て情報を追っていくうちにこの言葉に行き当たり、実際に着手したという流れです。 「正解のない問題に答える」苦労を乗り越えて生まれた成果 ——AIエージェントは少しずつ取り組む企業が増えてきましたが、まだメインストリームにはなっていないように思います。エージェントの導入に際して、苦労した点はありましたか。 谷中AIの進化は著しいので、使用するツールも頻繁に変わるだろうという想定は最初からありました。ただ私は部門横断で予算管理やコスト調整も担当しているので、Copilotを導入するにあたってもどういうプランで現場に展開するかは悩みましたね。Claudeでも同じで、本気で使おうとするとClaude Maxプランは個人契約しか選べません。法人として使うならエンタープライズ版のような包括契約を結びたいのですが、AI時代においてエンタープライズ契約に縛られてしまうと、次のトレンドが来たときに乗り換えられない。そうした事情を考慮しながら予算を確保することも苦労した点ですね。 平野現場目線で言うと、どこまでやっていいのかが分からないまま進めないといけないというのが厳しかったです。これまでの社内規則は「これをしてはいけない」という形で書かれているものが多かったのですが、AIは人間の想像力次第で何でもできてしまうので…。過去には「ClineにGitHub Copilotのキーを利用してよいのか?」といった論点がありましたが、こうした「正解を誰も知らないから誰にも聞けない」という状況が今なお続いています。AI技術の進歩は著しいだけに、こうした流れは今後も止まらないでしょうね。 平野 空暉(ひらの そらき) 瀧谷私の感覚では、苦労した点は大きく2つあります。1つは既存ソースへの適用、もう1つはツールやAIエージェントの最適な使い方に関する情報のキャッチアップです。前者については、実運用されているコードありきで導入することになるため、「このディレクトリの配下だけは別のルール」といったローカル事情のような、「コードベースに明文化されていない不文律」をうまく扱えるようにハーネスを設計していくところに心を砕きました。後者については、Devinから始まって今はClaude Codeがメインストリームとなっていますが、その間にもAntigravityの登場などツールの移り変わりが非常に激しかったですよね。自分たちにとって最適なものは何かを、普段の業務をこなしながら追いかけ続けるのも大変だったなと。 谷中我々のチームメンバーが参画しているSlackのチャンネルでは、技術記事をお互い投下しあうという文化があるので、現在はそこでいろいろな記事を投げ合って最新の情報をキャッチアップしているという感じですね。 ——現在は先行プロジェクトでハーネスエンジニアリングを検証中とのことですが、それぞれの検証の中で見えてきた成果と課題を教えてください。 舟木当社にはテスト自動化の文化自体はあるのですが、会社の歴史が長いため、自動テストが浸透する前から続いているサービスも存在します。正直なところ、サービスによって自動テストの充実度やカバレッジにはばらつきがありますね。とくに昔からあるサービスでは、そもそもテストコードを書きやすい構造になっていないものもあります。こうしたケースではリファクタリングなど、ハーネスを導入するための準備から始めなければなりません。こうした前提条件の違いを埋めていくところが今後の課題です。 舟木 博和(ふなき ひろかず) 平野一方で、特定のタスクにおいては明確な成果が出ています。たとえばデザインにおける「正しい」データがあって、それに向けてコーディングをするようなケースですね。こうしたケースではスクリーンショットを両方撮って比較すれば完全な正誤判定ができるので、ルールを定めた後はAIに自律的に動いてもらう、という状態が少しずつ作れてきました。明確な正解が厳密に定義されているAPI開発なども同様です。まだまだ試行錯誤のフェーズではありますが、こうした領域を広げていけばさらなる成果につながっていくでしょう。 谷中横断的な数値としての成果も上がってきました。これはハーネスエンジニアリング単体の成果ではなく、2023年から続けてきた社内のAI活用全体としての話になりますが、2026年1Q時点で、50%の開発工数削減を達成しています。PLベースで人件費換算すると、約5,300万円のコスト削減につながった計算ですね。開発にかけていた時間が単純に半分になったにもかかわらず、アウトプットの量は変わっていないという状況ですが、この50%削減をさらに引き上げていくための新しい打ち手がハーネスエンジニアリングという位置づけです。足元の目標は開発生産性5倍に置いていますが、将来的には10倍を目指していきたいと考えています。 AI時代のエンジニアの価値は「本質的な価値創出」にあり ——ハーネスエンジニアリングの導入前後で、働き方や仕事に対する意識は変わりましたか。 平野エンジニア視点では、視座が高まった感覚があります。これまではレビューをする際に、変数の綴りや改行位置など「本質的ではない部分」にも意識を割かなければいけませんでした。それがハーネスに吸収されるようになったことで、全体の設計や抽象度の高い領域を俯瞰的に見る機会が増えてきましたね。本来はアーキテクトや役職の高い人が見るような領域を、シニアエンジニアでも見ざるを得ない、あるいは見られるようになってきたというのは大きな変化だと感じています。 瀧谷最近は明らかに難しいことをやっているな、という感覚があります。以前は「こういう感じに動くものを作って」とタスクを与えられて、その通りに動くものを作るだけだったのですが、今はプロンプト1つで割と動くものが出来上がってくるので、その先の部分に取り組む場面が増えてきましたね。「アーキテクチャをどう良くしていくか」のような決まった正解がないことの多い問題や、「この動作は何ミリ秒以内に収めよう」といった、実装しているだけでは見えてこなかったパフォーマンス面に目を向けることが多くなったと感じます。もう一つ明確に変わったのが、後輩からプログラムについて質問される機会が目に見えて減ったことです。プロンプト1つで動くものが生成できるようになったことで、ジュニアクラスのエンジニアでも、実装やコードリーディングといった領域は1人で進められるようになってきました。だからこそ、後輩から質問をもらった際に改めてコードを読み直したり、資料を眺めて思考を整理したりするという「自分自身の学びの機会」が減っていると実感しています。正直なところ、中堅エンジニアとしては少し寂しさもありますね。 左:瀧谷 悠(たきたに ゆう)、右:平野 空暉(ひらの そらき) 平野学びの機会が自然には生まれにくくなっているからこそ、このチームで週3回ほどのペースで議論したり、Slackで新しい発見を積極的に投稿し合う場を持つといった取り組みには意味があると感じています。これもAI時代ならではのやり方ですね。 ——AIが個人の能力を拡大させるからこそ、熟練度に関わらずより本質的な部分にコミットできるか、価値を創出できるかが問われるのですね。 舟木セキュリティの観点でも同じことが言えます。これまでは自分で知識を身に着け、その知識を基に開発するという流れでした。しかし、今はそれをセキュリティテストツール等で自動検知の仕組みに落とし込むところまで考えなければ、AIに守らせることができません。 藤嶋これまで口伝えなどで緩く共有されていた認識やノウハウを、AIが判断に困らないような形で明文化して、リポジトリに情報として残していかなければいけなくなったという点も大きな変化です。そうしてリポジトリ側に情報を揃えておけば、全然知らないリポジトリを触るときでも、AIに聞けばちゃんとした答えが返ってくる状態にできるんです。これは大きなメリットですね。 藤嶋 智晃 (ふじしま ともあき) 井上(弘)開発の「終わり方」も変わりました。以前は開発が終わればそれで終了でしたが、ハーネスを導入してからは、開発が終わった後にそのやり取りを振り返って「どうハーネスを改善できるか」を考えるところまでが重要になってきています。 左:井上 優也(いのうえ ゆうや)、右:井上 弘規(いのうえ ひろき) 谷中マネージャーの立場で現場を見ていると、エンジニアの評価尺度が変わってきていることを実感しますね。これまでは、各エンジニアの力量をそれぞれの書くコードの量や質といった部分で評価していましたが、今は「どれだけAIをうまく活用できているか」が評価に直結しています。エンジニアに求められるものも変化する昨今ですが、エンジニアがハーネスの設計に注力することで、AIを活用した開発の質はさらに磨かれていくと信じています。 まとめ プロンプトの巧拙に依存せず、環境の整備によってAIのアウトプット品質に再現性をもたらすハーネスエンジニアリング。一度整備すれば複利で効いていく「仕組みの力」で開発生産性の壁を突破し、5倍・10倍へと成果を引き上げる鍵として検証に取り組んでいます。 GMOインターネットグループでは、これからもハーネスエンジニアリングをはじめとする最先端の手法や概念を吸収し、「すべての人にインターネット」というスローガンに向けて前進してまいります! パフォーマンス面の考え方や開発者体験、ハーネスエンジニアリングを実践するために必要なものなどを伺った後編もぜひご覧ください! 後編はこちらから ハーネスエンジニアリングに関する関連記事はこちらから
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