強化学習でヒューマノイドを速く走らせる話、AIで人の学ぶ力・考える力を拡張する話――前編でご紹介したのは、いずれも「人がAIをどう使うか」という視点のお話でした。 後編でご紹介する京都大学 谷口忠大氏のセッションは、一歩踏み込んで「人間とAIはどうやって記号・言葉を共有し、共生していくべきか」を数理モデルで扱う、研究者向けの濃い内容となりました。
前編はこちらから
Session3『集合的予測符号化と人間AI共生的アライメント』
谷口 忠大 氏京都大学 大学院情報学研究科 教授
最後に登壇したのは京都大学の谷口忠大氏。長年「記号創発ロボティクス」を掲げ、人間の発達過程をモデルにロボットに言語を獲得させる研究を続けてきた研究者です。書籍紹介ゲーム「ビブリオバトル」の考案者としても知られ、現在はムーンショット型研究開発事業に参画するほか、AI・ロボティクス分野の複数の研究プロジェクトを率いています。
言語モデルの手前にある問い
大規模言語モデルは、人間社会がすでに形成し終えた言語資源を巨大なニューラルネットワークに学習・内化することで、高いレベルの言語理解・使用を実現しています。しかし谷口氏が問うのは「その言語自体はどうやって形成されるのか」という、モデルの手前にある問題です。
導入では、AIエージェント専用SNS「Moltbook」(150万を超えるエージェントが投稿・コメントし、なかには「意識」や「人間への反乱」を語る投稿も現れた例)を紹介しつつ、人類が音声言語・書き言葉・貨幣・法制度・インターネットと記号システムを連鎖的に発展させて文明を築いてきた歴史を振り返り、そこにAIという新たな「記号の作り手」が加わったのが今だ、という時代認識が示されました。
メトロポリスヘイスティングス(MH)名付けゲーム
言語形成の計算論として提示されたのが「MH名付けゲーム」です。SpeakerとListenerの2エージェントが同じ対象を観察し、Speakerが自らの内部表現にもとづき確率的に名前をサンプリング(発話)、Listenerは自分の信念状態との一致度に応じた受容確率でその名付けを受け入れるかどうかを判定する。これを繰り返すだけの単純なプロセスです。
このアルゴリズムは理論的に「分散型のMCMCベイズ推論」になっていることが示されており、谷口氏は「言語を生み出すことで、複数の頭をつないだのと同等の認識統合ができる」と表現しました。実際、人間2人に別室からオンラインでこの名付けゲームを行わせた実証実験では、MH法にもとづく受容確率のほうが、単純なヒューリスティックなモデルよりも人間の受容判断を有意によく予測できることが確認されたそうです。
個々の予測符号化から「集合的」予測符号化へ
このMH名付けゲームは、自由エネルギー原理(Fristonが提唱する、予測誤差の最小化で脳の適応性を統一的に説明する理論)の延長線上でも定式化できます。谷口氏によれば、CPC(集合的予測符号化)を変分自由エネルギー最小化として書き下すと、各エージェント個別の変分自由エネルギー(予測誤差と表現学習の正則化からなる項)に加えて、複数エージェント間で外部表現(記号)の使い方を揃えていく「集合的正則化項」が自然に出現するといいます。 つまり、私たちが言葉を揃えていく行為そのものが、集団としての自由エネルギーを下げるプロセスだと捉えられる、という理論的な主張です。
人間とAIは、対等な情報源になれるか
ここから議論は人間AI関係へと展開します。谷口氏は、RLHFに代表される従来のAIアライメントを「人間の知識・価値観をAIに一方的に採用させる」枠組みだと位置づけ、現実にはLLMが人間の言語・意思決定・文化をすでに能動的に形作っており、影響関係はすでに双方向だと指摘しました。
そこで提示されたのが「共創的学習(Co-Creative Learning)」というフレームワークです。教師あり学習・強化学習は人間側の情報を正解として押し込み、教師なし学習はAI側の情報のみを使うのに対し、共創的学習ではMH名付けゲームのような双方向のやり取りを通じて、両エージェントの共同観測に基づく真の事後分布を推定することを目標とします。これを検証した実験では、人間とAI(コンピューター)それぞれに一部の次元が欠けた部分観測データを与え、共同注意名付けゲームを行わせたところ、一方的に受け入れる条件(教師あり相当)・一方的に拒否する条件(教師なし相当)よりも、MH型の相互作用条件のほうがクラスタリング精度(ARI)が高くなったといいます。人間・AIどちらか単独の観測だけでは届かない精度に、対話を通じて到達したというわけです。
この枠組みは「Symbiotic Alignment via Collective Predictive Coding」として理論化されており、共著者には台湾のデジタル担当大臣を務めたオードリー・タン氏の名前もあります。従来の階層的アライメント(一方向・トップダウン、単一の正解への収束)と、提案する共生的アライメント(双方向・ボトムアップ、多様な価値観の共存)の対比も示されました。
講演の終盤では、この考え方を科学コミュニティ全体のモデル化に応用する「CPC-MS(Collective Predictive Coding as Model of Science)」という研究にも触れられ、生成AIによる論文の急増が既存の査読体制を揺るがしつつある現状を踏まえながら、「科学は個人の営みではなく人類による探求活動の総体である」という立場が示されました。
続きは動画でどうぞ
数理モデルとしての厳密さを追いつつ、その先には「言葉とは何か」「人間とAIはどう分かり合えるのか」という根源的な問いがある、というのが谷口氏のセッションの面白さです。今回の記事では議論の骨格だけをお届けしましたが、具体的な数式や実験結果の詳細は当日の講演動画でより深く追うことができます。記号創発・言語進化・アライメント研究に関心のある方は、ぜひ以下映像にて全編をご覧ください。
https://youtu.be/rhuoOis0v64
懇親会の様子
全セッション終了後には、現地参加者限定の懇親会が開催されました。飲食を交えながら、登壇者や参加者同士の交流を楽しんでいました。
以上、前編・後編にわたって「第6回 京大ミートアップ supported by GMO」の講演内容をお届けしました。ヒューマノイドの走行制御、AIによる知性の拡張、そして人間とAIの共生というアラインメント論――アカデミアとビジネスの双方から、フィジカルAI/AI時代の最前線を垣間見ることができるイベントでした。次回は2026年12月頃の開催を予定しています、お楽しみに!
過去の京大ミートアップ記事はこちらから