2023年12月5日(火)~6日(水)の2日間、エンジニア・クリエイター向けカンファレンス「GMO Developers Day 2023」が開催されました。
本稿では、THE GUILD 代表/note CXO 深津貴之氏とGMOペパボ CDO 小久保浩大郎によるセッション「AI時代に問われる企業のクリエイティビティ」の模様をお届けします。
目次
登壇者
AIはデザイン・クリエイティブをどう変えるか?
生成AI技術の急速な発展により、本格的なAI活用の時代が到来しています。本セッションでは、こうした時代における企業のデザイン・クリエイティブの活用と、それを可能にする組織について、2氏によるディスカッションが行われました。以下では、その一部をご紹介します。
私は機械学習の専門家ではないのでモデルそのものを作ることはできませんが、モデルを使ってどうサービスを作るか、AIをどう導入するかといった観点からさまざまな活動をしています。自治体で初めてChatGPTを導入した横須賀市のAI戦略アドバイザーをはじめとするアドバイザリー活動のほか、「深津式プロンプト・システム」を構築するなど自分でもいろいろと実験を進めているところです。
深津
小久保
AIがこれだけの盛り上がりをみせるなか、応用領域としてデザイン・クリエイティブへの影響は免れないというのが多くの人の関心があるところだと思います。AIを使いこなせないデザイナー・イラストレーターは必要なくなるという声も聞こえてきますが、非AI人材は”オワコン”なのでしょうか。
「非AI人材」を他のものに置き換えると想像しやすいと思います。素手の人間は自動車に乗った人間に配送業で勝てるか、銃を持った人と素手で喧嘩して勝てるか、印刷機を持った人に素手で写経して勝てるかというと、少なくとも数や面積が重要な戦いをする限りは絶対に勝てません。AI人材にならなければ社会の変化に追随できないと考えています。
深津
小久保
「AI=最新の道具」と捉えると、どんな仕事でも、道具を活用して創造性や生産性を拡大してきた歴史があります。その時代の最新テクノロジーを使いながら仕事をしていくことは当然ですよね。
産業革命で起きたことは、ブルーカラーにおける体力や筋肉のコモディティ化です。強靭な肉体を持つ労働者が独占していた領域において、その95点程度であれば一瞬で誰もがパフォーマンスを出せる世界が訪れました。AIによってこうした変化が頭脳職を担うホワイトカラーにも生じると考えるとわかりやすいと思います。従来では10年間のトレーニングコストがかかっていた領域から順番にAIにリプレイスされると考えられます。
デザイン業界でいうならば、ものすごい精度でデッサンを書くとか、髪の毛1本分の精度で字詰めをするといった分野はつらい戦いになるはずです。95点を誰もが取れてしまうが、100点を取るには10年間の修行が必要とされる、ものすごく極端な世界になりそうな気がしています。
深津
小久保
単一のクリエイティブにおいて、AIは95点を生み出す道具になると思いますが、実際の仕事は単発の成果で終わるものではなく、さまざまな職種のさまざまな成果が接続されてバリューが生まれています。そうしたプロセスにおいてもAIは影響を及ぼすのでしょうか。
ChatGPTを利用して高精度かつ大量のリサーチや分析ができるようになったことで、前処理のプロセスが変わっていくと思います。このメリットとしては、これまで「デザインシンキング」といわれていた、何を作るべきかをしっかり考えたうえでプロトタイプを作りイテレーションを回すという世界が競われるようになることがあげられます。一方で、「こうした活動はトレーニングされたデザイナーがいなくてもできるのでは?」と思われるようになる可能性がある点は、デザイナーが超えなければいけない課題です。“Design thinking without designer”になっていくかもしれません。
深津
AIはコントロールできない環境要因と考える
小久保
そうしたプロセスが一般的になると、生産性が劇的に向上しそうとも思える一方、閉じたループのようにも聞こえてしまいます。その枠にとらわれることで新しい発展や発見、イノベーションが出てこなさそうだというネガティブな考えもできそうです。
個人的には、そこに関してはわりと楽観視をしています。クリエイティブなプロセスができるファームやチームはこれまで少数でしたが、今後は数百社から数十万社の一般的な企業でもできるようになっていくと考えられます。産業が巨大なピラミッド構造になれば、異常値やホームランが出る確率は十分に大きくなるはずです。
深津
小久保
AIの学習結果を共有するという枠組みのなかで、あえて異常値を出すような要素はどう入れていけばよいのでしょうか。
生成AIに対して、問いを立てたり、方向性を示したり、お願いをしたりするのは人間です。人間がノイズや異常値などを入力したり、スタート地点を変なところに置くという役割を担う必要があるとは思います。
深津
小久保
競争というものがフラットになっていくなか、差別化したい、競争に勝ちたいと考えたときにいかに外れ値を持ってくるかが競争の原資になるのかもしれません。
差別化を考えるにあたっては「変化のなかでは、新しいものに注力するよりも、時代が変化しても変わらない部分にフォーカスしなさい」というジェフ・ベゾスの考え方が有効だと思います。AIという変化の激しい環境のなか、AIが干渉できない場所に陣地を張るという方向性は、AI時代における1つの強い差別化の手段であり生き残り方となるはずです。
深津
小久保
深津さんはマクロかつ投資家的な目線で現状を捉えられているように感じました。
私は兵書である『孫子』が好きなのですが、同書では、戦いの際にはじめにチェックすべきものとして、道・天・地・将・法の「五事」があげられています。道は大義やミッション、天は天候などの人類が操作できない変化する環境要因、地は地政学的要因のようなパーマネントに一定である環境要因、将は人材の能力、法は組織におけるルールやその運用体制などを指します。五事で考えると、AIはマクロな変動要因である「天」に当てはまります。
天の状態がくるくる変わっているときに天を追いかけて何かしようとするよりも、天の変動の影響がないか、あるいは吸収できるような設計にした方がよいと考えると、重要なのは「地」です。AIが有利な事業ドメイン、あるいはAIの影響が及ばないドメインに移動することが有効となります。また、「将」では時代に対応できる人材をあらかじめ用意する、「法」では時代に対応できるオペレーションを用意するといった方向に張るほうが、対処の方針を考えやすいでしょう。
深津
デザイナーとして抽象レイヤーで戦える人材を目指す
小久保
企業と一口にいっても、デザインエージェンシーやクリエイティブエージェンシーなど、デザイン・クリエイティブ自体を生業にしている企業もある一方で、大半の企業ではそれらが企業活動の一部となっています。後者のような一般的な企業がAI活用を進めると、デザイナーの仕事はどう変わっていくのでしょうか。
個人的には、抽象レイヤーのデザインと具象レイヤーのデザインで異なると考えています。要は、問いを立てて考える、あるいは仕組みを作るタイプのデザインと、グラフィックやエレメント、3Dや映像を作るタイプのデザインで、それぞれが異なる形の大変動を迎えるような気がしています。
これから先の時代は、AIとともに問いを立てることが基本能力になっていきます。いわゆる抽象的なデザインがこれまで提唱してきたことが世界に定着する一方で、それをビジネスやエンジニアリングの人たちでもできるようになっていくなか、デザイナーとしては、さらに際立った問いを立てる能力や仕組みを提案する能力、あるいはAIに対してより良い問いを出せる能力が必要になっていくと思います。
95点まではプロンプトを入れるだけでできるようになったり、ボタンを押すだけでバリエーションが500個できたりするような世界では、特に、具象レイヤーのデザイナーついては、95点までのスキルを持っているだけは無価値化してしまうリスクがあります。一方で、残りの5点を加えて100点を出せる人の価値はものすごく上がります。そこが大きな課題になるはずです。
深津
小久保
具象レイヤーのデザイナーとして差別化が難しくなっていくなかでは、抽象レイヤーで戦える人になれるよう、キャリアを変えていく必要があるのでしょうか。
ポジティブに考えるならば、誰もが全員アートディレクターかクリエイティブディレクターとしてのキャリアを経験できるチャンスが生まれるということでもあります。ネガティブに考えるのであれば、アートディレクターやクリエイティブディレクターとしての仕事ができなければ、AIに負けてしまう可能性があるということです。
深津
AI時代には変化に対応できるデザイン組織が求められる
小久保
Design Opsが注目されるなど、各企業のなかで組織的にデザインに取り組む流れが加速してきています。組織的にクリエイティブの成果を活用するにあたって、AIの進化による発展はどう起きるのでしょうか。また、組織づくりをどのように考えていけばよいのでしょうか。
AIはコントロールできない環境要因であるとするならば、環境要因のゆれに対して、いかに壊れないビジネスモデルを作るか、あるいはすぐに対応できるようにするかという「耐変化性」が非常に重要になってくると思います。会社としては、人材の流動性を上げたり、組織間のさまざまななワークフローや仕組みを疎結合にして、システムや業務オペレーションをユニット単位で置き換えられるようにしたり、分散投資してコングロマリット的なポートフォリオを構成したりなど、「天」が変わったときに全滅しないような仕組みを作ることが重要です。
深津
小久保
今まさに、GMOインターネットグループ全体のクリエイティブをどうレベルアップさせていくかを考え、それを目的とした組織の立ち上げを進めているところです。モジュール化して変化に耐性をつけるという考えは非常に勉強になりました。
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