AIの最適解に「バグ」を起こせるか?GMO DESIGN AWARD 2026審査員長・引地耕太氏に聞く、AI時代におけるクリエイティブの価値

タイムラインを流れてきた映像に、思わず手が止まる。けれどよく見ればAIで作られたものだと気づいて、そのままスクロールしてしまう。ここ1年ほどで、そんな体験をした方も多いのではないでしょうか。
プロンプトを打ち込めば、それらしいビジュアルが数秒で返ってきます。そうした時代において、「デザインの良し悪しは何で決まるのか」という問いに、確固たる答えを持っている方は多くありません。
GMOインターネットグループが開催する「GMO DESIGN AWARD 2026」は、AIの使用・共創を前提としたデザインアワードです。今年度の審査員長は、クリエイティブディレクターの引地耕太氏が務めます。
今回はGMO DESIGN AWARD 2026に興味を持った方に向けて、審査で見たい観点とAI時代のクリエイター像を伺いました。

引地 耕太氏|クリエイティブディレクター/株式会社 VISIONs 代表取締役/一般社団法人 COMMONs 代表理事

1982年鹿児島県生まれ。ブランド戦略とイノベーション創出を専門に、デザイン、アート、テクノロジー、ビジネスの領域を越えて活動する。大学卒業後タナカノリユキ氏のもとで活動を開始し、デジタル・エージェンシー1→10にてNIKE、BOSE、TOYOTAなど数々のグローバルブランドのクリエイティブを担当。2020年に同社のECD(エグゼクティブクリエイティブディレクター)に就任。2022年に独立し、同年よりKyashのデザイン責任者にも就任。2025年大阪・関西万博デザインシステム「EXPO 2025 Design System」のクリエイティブディレクター・アートディレクターを務める。現在はCo-Innovation Farm「VISIONs」、Co-Futures Platform「COMMONs」代表。東京造形大学などでデザイン教育にも携わる。

GMO DESIGN AWARD 2026とは?

GMO DESIGN AWARD

今年で3回目の開催となるGMO DESIGN AWARDは、GMOインターネットグループが主催する、18〜29歳の若手クリエイター・デザイナーを対象としたデザインコンテストです。

2026年のテーマは「トキメキ」。制作プロセスのどこかでAIを活用した作品を、「プロダクト部門」「ビジュアル部門」の2部門で募集しています。

応募期間は2026年6月15日(月)〜9月30日(水)。

各部門の最優秀賞には賞金100万円、優秀賞には20万円が贈られ、賞金総額は250万円にのぼります。

審査員長を務めるのは、大阪・関西万博のデザインシステムを手がけたことでも知られる引地耕太氏(株式会社VISIONs CEO/クリエイティブディレクター)。
ゲスト審査員には、有馬トモユキ氏(日本デザインセンター 有馬デザイン研究室)、清水勝太氏(KOEL/クリエイティブディレクター)、広野萌氏(株式会社フォルテ 代表取締役)が名を連ねます。

AIを使って「人間らしく作った」作品が見たい

———今回、GMO DESIGN AWARDの審査員長を務めることになったきっかけを教えてください。

引地

ありがたいことにご依頼をいただいたのですが、最初は「なぜ自分が審査員長なのだろう?」と思うところもありました(笑)。ただ、これまでの仕事もアナログとデジタルを行ったり来たりしてきましたし、今もAIと人間の共創に関心を持っています。

人間がAIの奴隷のように作るのでもなく、かといってAIにただ指示を出すだけでもない。もっと創造的な作り方はないだろうかと、実際の制作でもトライを続けているところです。そういったところを見ていただいて声をかけてもらったのかなと思います。

———AIの使用・共創を「前提」とする賞はまだ多くないと思います。AIを使うからこそ、重点的に見たいと考えている観点はありますか。

引地

どこに、どういうふうにAIを使おうとしたのか。そして、何のためにAIを使ったのか。この2点は特に見たい部分です。アイデア自体を深めるところにAIを使っているのか?しかもそれを意図的にやっているのか?という点ですね。

AIは最適化や合理化といった「スピードを上げること」に使いやすいと思われがちですが、アイデアを深めることにも十分に使えるはずなんですよ。私自身も、自分のアイデアや思考を深めるところに使うことが多いです。

もちろん合理化に使ってもいいのですが、その場合も「これを合理化することで、よりクリエイティビティを上げられるのではないか」という視点があるかどうかは大きなポイントになってきますね。

AIはまだブラックボックスなので、ポンと入れたらポンと出てきた……という部分も残っていますよね。だからこそ、AI活用の方法を意図的にどう設計しようとしたのかが伝わるものをぜひ見てみたいです。

———「AIを使って制作した作品は自分の作品と言えるのか」という問いもあります。審査員長として、こうした作品を評価するうえで何を意識されますか。

引地

結論から言うと、「言える」と思います。

Macが出てきたときも、それまで手書きで描いていた人からすれば、デジタルを使った作品を最初は馬鹿にするわけです。写真についても、デジカメが出た当初はフィルムのほうがいいよねと言われてましたよね。

新しいテクノロジーが出てきたときには、だいたい「それはその人の作品と言えるのか?」という問いが立つのだと思います。大事なのは、それを使う人がどういうアイデアとコンセプトを持ち、それを使って何を動かそうとしているのかということなんです。

本当のクリエイティブとは、人の心を動かし、その先で社会をどう変えていくかまで見据えられるものだと思っています。

AIを使ってかっこよさそうな映像ができても、その映像を見る側にはすぐにAIだと見抜かれてしまったり、分からなくてもスクロールされてしまったりしますよね。見た目が良いだけ、おしゃれっぽいだけの作品はこれからも無数に出てきますし、今や「それっぽいもの」の価値はほぼゼロになっています。

だからこそ、そうした想いや狙いをもとに何を選び取り、制作プロセスの中にどう入れていくかという「意志の力」こそが、その人の作品と呼べる証なのではないかと感じますね。

———どのような挑戦が感じられる作品に期待されていますか。

引地

AIを使って、これまで作れなかったものを作ろうとしている作品ですね。心を動かすだけならアナログでもできますが、今はAIの時代です。これまでなら100人、200人規模の映画クルーがいなければ作れなかった映像も、簡単に作れるようになってきました。

ただ、AIを使った合理化は豪華な映像を作ることが目的ではありません。あくまでも「お金がなくて作りたいものを作れなかった人が、ストーリーもしっかり紡ぎながら自分のやりたい世界観を形にする」ためにやるものだと思うんですよ。そうしてAIの力をうまく利用して作られた作品を、ぜひ見てみたいです。

人の心を動かす。温かい社会を作る。人に優しくする……。AIによる合理化や最適化が進んでいく先で、クリエイターに求められるのは「人間らしく作る」ことだと思います。そこは今回の審査でも大切にしたい部分です。

ただ、それは人間対テクノロジーの戦いではありません。テクノロジーの力をうまく使って、温かみややさしさ、楽しさのある人間的な社会を作るということです。テクノロジーに使われず、うまく利用して共に作っていく。その感覚はぜひ意識してほしいですね。

最適解に「バグ」を起こすのが人間の力

———引地さんは、Xで「AIを使って、人間らしい作品をつくってください」というメッセージを発信されていました。人間らしさを作品ににじませるには、何が必要なのでしょうか。

引地

私はよく「バグをつくる」ことだと言っています。AIは正しさや最適解を作っていくものなので、すべてが正しい方向に行くんです。とはいえすごそうなものをAIが出してきても、中身は意外と普通だったりします。AIが「間違ってはいないけれどまったく驚かない」というアウトプットを出してくることは結構あるんです。

AIが出してきたものに何をインプットし、何を選び取れば最適解からずれる「バグ」を起こしていけるのか。その判断はやはり人間の力がないとできません。

大前提として重要なのは、AIが出したものに違和感を持てるかどうかです。「これ正しいよね」と受け流してしまう人は必要とされなくなります。それなら直接AIに聞いたほうが早いですからね。「本当にそうなのか」「そもそもこうではないのか」「もっと角度を変えるとこうなるんじゃないか」……といった問いを投げかけられるかどうかが、大きな分かれ目だと思います。

バグというと悪いことのように聞こえますが、人の心を動かしているものは正しいことばかりじゃないと思うんですよ。整然とした街を歩いてもつまらないと感じるのに、赤ちょうちんが並ぶような人間臭い路地や街並みにはワクワクさせられますし、時には心を動かされる出会いもあったりします。

整った「正しさ」ではなく、最適解から外れた「面白さ」の方が重要だと思いますし、そういった街を好きになるのも人間的なバグだな、と。

AIをはじめとするテクノロジーはロジックでできていますが、ロジックというのは全部が同じ答えを導くものです。ロジックで最適化された世界は均質化されたつまらない世界になるだろうと感じるので、私は1つのゴールに集約されるのではなく、1つひとつの正しさや楽しさに接続されていく世界をクリエイティブで目指したいんです。

作品制作においてもさまざまなやり方がありますが、全部をAIでやる必要はないと思っています。合理的ではないけども、最初は手書きから始めてみたり、途中で1度AIから引き離して手書きを挟んでみたり。「テクノロジーを使うけれど、テクノロジーに使われない」という部分が、人間らしさを出すためには大事になってくるでしょうね。

———AIを正しく「使える」クリエイターと、AIに「使われる」クリエイターの違いは何なのでしょうか。

引地

怖い話ですよね(笑)。少し厳しい現実を話すと、今オペレーショナルなデザインをやっている方は、使われる側に行ってしまうのではないかと思います。自戒も込めてお話しするのですが、創造的なことではなく、レイアウトや体裁を整えるといった表層の部分だけをやっていると代替されかねません。

一方で、何かを動かそうという目的や意識を持っている人こそがAIを「使える」側になるんじゃないかなと。その目的のためにAIを使い、ただ美しく見せるのではなく、見る人や使う人を自分のゴールまで引っ張っていく意志を持っている人ですね。

こうした「何かを動かそうとする人」は、クリエイターやアーティスト、起業家と呼び方こそ分かれていますが、結局やることは同じです。経営者が1人でAIを使ってサービスを作るような事例も出てくるでしょうし、今後はそれぞれの境界が溶けていく時代に入っていくだろうと考えています。

———引地さんご自身は、AIを使い始めた頃に戸惑いや葛藤はありましたか。また「自分の手で作れること」は、AIの時代にどのような意味を持つのでしょうか。

引地

最初はやはり「これは自分の作品なのだろうか」と思ったことはありました。よく分からない、再現性のないものが出てきたりすると、それは自分のスキルから出てきたものなんだろうかと。学生さんにも「AIを使ってもいいけれど、自分の手でも作れるようになることに意味がある」という話をするんです。

私自身、0から1を起こす部分はAI任せにせずに自分で設計しています。長々とプロンプトでやりとりするよりも、スケッチを描いて伝えたほうが早いですからね。そういうところでも、自分で作るスキルは未だに重要です。

デザイナーやクリエイターは感覚的に分かると思うんですが、自分が作れないレベルの目線って持てないんですよ。手と頭が同期している感覚があって、身体として理解することがあるんです。自分で手を動かしているからこそ、より深いところまで行けるということでもあります。

こうした身体性を持ち合わせていれば、良い線なのか悪い線なのかが感覚的に分かってきますし、AIがポンと出してきた綺麗なものを見て「このディテールはこういう形のほうがいいのに」といった形で目線が向くようになります。

だからこそ、身体性と紐づくものは自分で持つべきなんです。そうすると、その人が元々持っているセンスやスキルがAIによって指数的に掛け算されて、出来上がるもののクオリティが爆発的に上がっていく。そういった身体性やそこに紐づくスキルの有無で、作品の質は全く異なってきます。

私の周りでも、AIで作品として成立させている人は元々すごい人ばかり。もともとすごかったのが、爆発的にすごくなってしまったんです。実力のある人にとってはこれ以上ないチャンスが訪れていると同時に、プロンプトを入れればそれっぽくなると思っている人は皆が同じ場所にとどまり続ける時代になるだろうと思います。

まず土台となる部分を見つけたうえで、AIと掛け算する方向に自分自身を持っていけると、1000人単位の人を動かすのと同じ力を発揮できるようになるんじゃないかなと。

「出すかどうか悩んでいる」人が人生を変える賞に

———そうした身体性は、どのような体験から培われるものなのでしょうか。

引地

このイスは少し冷たいなとか、このスタジオの空気はこんな感じだなといった「感覚を体験する」ことですね。たとえば高級感を出したいときに、実際に高級なものを触ったり体験したりといった経験がない人は、真に高級感のあるものを作れないはずなんですよ。正面の絵ではかっこよく見えても、後ろに回ってみるとハリボテだったりするんです。

大学を卒業して最初に教えてもらったクリエイティブディレクターのタナカノリユキさんには、「若いときはお金がないものだけれど、普段は節約してもいいから、お金を貯めていいものを体験しろ」という金言をいただきました。

洋服1つ取っても、ファストファッションばかり着ていると、どういう服がどういう意味で「いい服」なのかがわからないので、一度高い服を着てみなさいと。いい服の持つ立体感やパターンは自分で着てみないと実感できないので、「買えなければ試着だけでもいいから行け!」と(笑)。そうでないと、ブランディングの仕事が来たときにそういうものが作れないんです。

自分の肌で体験することが大事ですし、さらに深めていくのが「自分で作ること」だと思うんです。AIはそれを補強してくれますが、分かったうえで補強させないとすごく薄っぺらいものになってしまいます。それが人間の持ちうる身体性であり、肌感の重要性だと考えています。

———最後に、GMO DESIGN AWARDへエントリーしようか迷っている未来のトップクリエイターにメッセージをお願いします。

引地

実は私も、19歳のときにコンペに出したことがあります。その時は熊本の大学にいて、写真や映像、CGといったテクノロジーの勉強をしていました。当時は自分がどのくらいのポジションにいるのか、今後何をして食べていくのかも分からなかったのですが、そんなときにデザインを勉強してみたいと思い、友達に誘われて出したのが最初のデザインコンペでした。

そこでグランプリをいただいて、新聞にも載って……すごく嬉しかったんです。そしてその時よく考えずに「これはいける、ちゃんと東京に出なきゃ」と調子に乗って上京した若さが、今に繋がっている。コンペに背中を押されなかったら東京に出る「勢い」は出なかったと思うので、コンテストやアワードは、そうやって背中を押して勇気づけてくれるものなんです。

コンペや賞なんて出さない、と斜めから見ている人も一定数いると思います。でもそれがその後の仕事に繋がったり、夢が叶うための第一歩になったりするなら、すごく意味のあることだと思うんです。

私が今回審査員長のご依頼をお受けしたのも、何かそういうきっかけを作れたらという思いからです。「これでいいのかどうか分からないけれど出してみたい」「GMO DESIGN AWARDが気になっている」という方がいたら、ぜひ出してみてください。クリエイターとしての第一歩をここからスタートしていただけたら、審査員としてとても嬉しいです。

まとめ

AIが導く最適解から、どうやって意図的にずれを起こせるか。引地さんのお話は一貫して、そこに人間の意志と身体性が問われると示していました。AIが出す整然とした正しさに対し、そこから外れた面白さや温かさを差し込むのは、人間の担う領域に他ならないのです。

GMO DESIGN AWARD 2026は、自分の想いやビジョンで何かを動かしたいクリエイターの第一歩を後押しする場でもあります。出そうかどうか迷っている方こそ、ぜひ応募してみてください!

また、GMO DESIGN AWARDの運営メンバーが、コンテスト立ち上げの背景や今年のテーマ「トキメキ」に込めた想い、キービジュアル制作の裏側などを語った以下のインタビュー記事もぜひあわせてご覧ください!

▽若手クリエイターへ問う、AI時代の「トキメキ」とは  | GMO DESIGN AWARD 2026運営インタビュー

若手クリエイターへ問う、AI時代の「トキメキ」とは | GMO DESIGN AWARD 2026運営インタビュー

併せて、GMO DESIGN AWARD 2025受賞者に、応募のきっかけから制作の工夫、受賞後の変化を取材したインタビュー記事も是非ご覧ください!

▼【前編】受賞作品はこうして生まれた—GMO DESIGN AWARD 2025受賞者が語る、アイデアと制作の裏側

▼【後編】受賞作品はこうして生まれた—GMO DESIGN AWARD 2025受賞者が語る、アイデアと制作の裏側

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